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カテゴリ:オレゴン旅行記( 6 )

初めての海外 オレゴン その6 ホームステイの夜

その日、私はステイ先のご家族と、ご主人のご両親の家に行った。そこはリタイヤ(定年退職)した人たちが第二の人生を送るために集まっている街で、近所同士で助け合いながらそれぞれに独立した家で生活を送っているところだ。いわゆる日本の老人ホームとは違ってそれぞれにプライバシーを守りながら助け合っていける優れたシステムだと思う。その家にご主人の弟さん夫婦も見えてみんなで食事をし、おしゃべりを楽しんだ。と言っても私のつたない英語ではなかなか気持ちを伝えることができずに残念に思うことが多かったのだが。

なんといっても日本からのホームステイを受け入れてくれるのだから、日本人にも親しみを感じており、また日本についてもいろいろと知っているようだった。ご主人が日本について紹介している本を持ってきていろいろと聞いてきたのだが、困ったことにご主人が「ジャパニーズ・ゲイシャ」と言って指した写真は、いわゆる風俗店の女性が襦袢をまとってお客らしい男と一緒に写っている写真だった。

自分がそれまで思っていた以上に、日本についての情報は不足していたり誤っているように思えた。だから日本に帰ってから私は、まずお礼の手紙と一緒に日本について英語で説明している本を送ったほどだ。ホームステイ中はうまく説明できずに「君は何を聞いてもYesとしか答えないのか。」と言われてしまい後悔したので、少しでも本当の日本を知ってもらいたいという願いを込めたつもりだ。

私はこの最初の海外旅行でアメリカのお宅にホームステイさせてもらったことで、自分が大きく変わったと思う。アメリカではどんな事柄についてもまず自分が行動してから人にも勧めるという考えが浸透しているように思った。テレビを見ていても残念な記事には素直に憤り、災害で被害にあったニュースには早速義援金を送ろうと話したり。お年寄りや子供に対する福祉についてもお仕着せでなく個々人を尊重したシステムを構築できていたことにはとても驚いた。しかもそれは今から10年以上前の話なのだ。この点日本が非常に遅れているのだと思わずにはいられなかった。

そして私は、あのとき最後のお別れに行った言葉を忘れない。それは、「もしも自分が結婚したら必ず妻を連れてまた来ます。」という言葉だった。
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by KEIN3RD | 2005-08-28 12:30 | オレゴン旅行記

初めての海外 オレゴン その5 ホームステイ2

セーラムでは、ホストファミリーと一緒にいろいろなところに行った。フリーマーケットのようなものへも行ったし、さらには教会での日曜のミサにまで参加してしまった。
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そういえばホストファミリーは夕食前には必ずお祈りをする。私の家は神道なのでキリスト教(宗派はよく分からなかった)のお祈りにはなじみにくかったが、それでも手を合わせたことを覚えている。

ステイ中一日はホストファミリー達とだけで行動する日があり、ゴルフをするかと聞かれて初心者ながらしますと答えるとゴルフに行こうということになった。ただ、最初はコースに行く予定だったのだが都合でドライビングレンジに行くことになった。そこはまさに打ちっ放しという呼称がぴったりな所だった。なんといっても幅が100メートル程度、奥行きは外との境がないので全く解らない。私のような初心者がちょっとやそっと曲げても問題ないくらいの広さで、私と、息子さんのマークが二人で打っているのをお母さんが椅子に座り、編み物をしながら見ているというまさにアメリカっぽい光景だった。
それからもう一つ忘れられないのが、シルバーフォールズステイトファームというところだ。
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ここには7つの滝が集中してあるそうで、私たちはサンドイッチと飲み物を持ってハイキングに出かけた。歩き回り、いくつかの滝を見てサンドイッチをぱくついた。
それからある日は、家族みんなが忙しいということと、近くでフェスティバルがあるので一人でっ行ってみてはどうかと言われた。アメリカでの一人歩きはまだまだ初心者だったが、まあ何とかなるだろうと気楽に考えて出かけてみると、そこは私には遊園地にしか見えない所だった。
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すべてのアトラクションは移動式でフェスティバルが終わると片付けて移動するらしい。一角には昔の鉄道の車両まで展示されていた。歩き回るだけで汗ばむほど広いところで私は十分楽しんだ。彼女でも一緒ならもっと良いのに・・・とは思ったが・・・。
こうして私のホームステイ体験は過ぎていった。
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by KEIN3RD | 2005-08-27 12:38 | オレゴン旅行記

初めての海外 オレゴン その4 ホームステイ

いよいよホームステイの開始。基本的には家族と朝食後ツアーメンバーが集合して観光と親善を行い、夕方それぞれのホームステイ先に戻って夕食をとるパターン。

ここで大変だったのは食事。朝は毎日シリアルに牛乳。まあ、これはいい。しかし、観光中の昼食が ほとんどサンドイッチ。それもパサパサしたターキーサンド。本当はハムサンドと両方あるのだが、数に限りがあるために私はほとんどいつもターキー。これは結構飽きてくる。ちなみに夕食はある時は○クドナルド、ある時はでっかいパイプオルガンのあるお店でビザ(かなりでかくて四人で一つ食べるのが精一杯だった)。夕食はファーストフードですますことが結構多かった。日本の食生活になれた人だと大変だったろう。ちなみに向こうではポテトにはケチャップかマスタードを塗って食べるのがポピュラーだった。もちろん家庭毎に食事の内容は違うのだろうが。
私のステイ先は結構気を遣ってくれて、初日の食事はわざわざお米を出してくれた。リゾットに醤油で味付けしたものだ。カリフォルニア米らしいがおいしかった。そのほか最終日には本来サンクスギビングデイ用に出すはずのターキーの丸焼きをごちそうしてくれた。腹にタップリと香草を摘めたもので、ターキーに飽きていたはずなのにこのときの肉は軟らかくてジューシーで絶品だった。おかげで今でもターキーは嫌いにならずに済んでいる。

ホームステイ中の生活は、ツアーで動くところとホームステイ先で行くところがある。ツアーで行った所は、何か所かあったが、たとえばウィラメット大学。ここは川越にある日本の大学と提携しているとのこと。構内をいろいろと見学させてもらったが、設備はとても整っていてきれいだった。
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そのほか、私たちは老人ホームと幼稚園の併設された施設にも行った。お年寄り達と子供達がお互いにふれあいながら過ごせるところで、今でこそ日本にもあるが今から10年以上前、すでにアメリカにはそういった施設があったのだ。そこで私たちは浴衣を着て炭坑節を踊った。私は着替えの時間がなくてズボンをはいたまま上に浴衣を着て踊ったので、なぜ下にズボンをはいているのかといわれてしまった。
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アメリカの学校では日本を学ぶためにこのような和室を教室の一角に作っているところがあった。
そのほかアウトレットモールは当時からはやっていたし、私ともう一人薬剤師がいたおかげで、とある大きな薬局内まで見学させてもらった。薬局と言っても非常に大きな所で、処方についてもコンピューターで指定すると一回分ずつ錠剤が小分けされて機械的に出てくる仕組みだった。薬剤師は出てきた薬を確認するだけで済むという、今考えても画期的なシステムを見ることができた。そのほか私はホストファミリーに案内されて近所の薬局にも連れて行ってもらったが、そこには薬のドライブスルーがあった。車で行って処方箋を渡すと薬を受け取れるのだ。まさに”アメリカ恐るべし”であった。これはすべて十年以上前の話なのである。
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by KEIN3RD | 2005-08-26 10:43 | オレゴン旅行記

初めての海外 オレゴン その3 バンクーバーからセーラム

3日目はお昼前頃のフェリーでバンクーバーへ向かった。到着後、クイーンエリザベスパークや、スタンレーパーク、キャピラノの吊り橋などを観光し、夕方からはロープウェイでグラスマウンテンに登った。
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キャピラノの吊り橋は半端じゃない高さで揺れる揺れる。手放しでは渡れなかった。
グラスマウンテンの夜景は、残念ながら写真がないのですが、夕暮れから夜の闇までを眺めることができた。広さと街明かりがとても印象的だった。

その日はバンクーバーに泊まる。
いよいよ飛行機でポートランドに向かう。エアカナダの飛行機なのだが、機長が女性で客室係が男性。小型のジェットだったのだが揺れもほとんどなく乗り心地がよかった。しかも機長は美人、客室係はイケメン。
なにより窓から見えた雲の絨毯が何よりも忘れられないすばらしい景色だった。
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ポートランドからバスでセーラムに移動していよいよ集会場でホストファミリーと対面。私がステイするのはMr.&Ms.Jhonsonのお宅。ご主人が歯科医で奥さんが教師という家庭。

ホームステイでまず驚いたのは、この辺の人たちはほとんど平屋に住んでいるということ。広いから二階建てにする必要がないらしい。庭はどこも手入れが行き届いていてスプリングクラーまでついている。そのほか、熱湯も蛇口をひねるだけだったり、洗濯物も乾燥機能付きで放り込んでおけば良い。とても楽だ。(当時は日本では乾燥機能付きの洗濯機は一般的ではなかったと思う。)私はその家の長男の部屋を使わせてもらった。長男はすでに独立していたそうだ。そこでの生活はこの旅行記のメインイベントということで以下次回に続く。
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by KEIN3RD | 2005-08-25 14:39 | オレゴン旅行記

初めての海外 オレゴン その2 ビクトリアシティ カナダ

ビクトリアシティで迎える2日目の朝は晴れていた。その日は観光三昧の1日になった。バスであちこち移動し、見て回る。まさにツアー旅行といった感じだった。
ブッチャーカートゥンという所でこれでもかという大量の花を見て、クレグラロック城というお城を見学し、シェークスピア村というところでお昼を食べた。
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         これがブッチャートカートゥン

    
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こちらはブッチャートカートゥン内にあった噴水。かなり迫力があった。

 
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これはシェークスピア村の建物。どことなくイギリスっぽい?

残念ながら10年以上前のことなので写真を見思い出しながら書いています。しかし、この日の夕食については全く記憶にありません。”残念っ”
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by KEIN3RD | 2005-08-24 17:49 | オレゴン旅行記

初めての海外 オレゴン その1

私の初めての海外旅行は突然に決まった。
知り合いの方の娘さんがオレゴン州セーラムにホームステイも含めて二週間の旅行に行くことになり、一人では心配だからとご両親から私に一緒に行くように頼まれたのが始まりだった。

初めての海外旅行でしかもホームステイ。結構緊張した。とにかくパスポートを申請し、ツアーの申込みをすませた。
この旅行は川越市とセーラムが姉妹都市であることから企画されたツアーで、現地での慰問的なイベントもあり、ホームステイということで事前に語学研修も何回か行われた。米ドルはいくら持っていけばいいか、トラベラーズチェックはいくら用意しようか。いろいろと悩みながら準備した記憶がある。

期間が長いので服は下着も含めて4~5日分を洗濯することになる。そのほか様々な薬なども用意した。準備万端のはずなのだがどうしても何か忘れていないかと、不安になる。ただ、一人での旅行ではないので困ったときには仲間に助けてもらえるだろうという安心感もあった。

そして1992年8月18日、重いスーツケースを持ち、電車を乗り継ぎスカイライナーで成田空港へ向かった。空港で集合し、ノース○エスト機に乗り込む。初めての飛行機だ。かなり緊張した。飛行機が飛び立ち、水平飛行になるまでが長く感じられた。
ゴーという、飛行機が飛ぶ時の音が結構うるさく感じられた。落ち着かない。なかなか眠れなかったし、食事の時間も日常とずれる上に、ほとんど座りっぱなしでお腹もなかなか空かなかった。食事を残して客室乗務員に英語で「何で残すの!」と怒られたことは今でもよく覚えている。時々気流の関係で揺れたときも、少し気分が悪くなってしまった。だからようやくシアトル空港に着いたときは心の底からほっとした。

しかし、入国審査でまた一つ苦労が・・・。今回のツアーは川越市とセーラムとの親善のためのツアーでもあり、川越に済んでいない私がなぜ参加しているのかと聞かれ、うまく答えられずに苦労した。最後は管理官の人もあきらめたのかOKと言ってもらえたのでホッとした。

現地は午前10時前。飛行機であまり眠れなかったのでボーっとした頭でバスに乗り込み市内観光が始まった。まだ飛行機に乗っている間の揺れるような感覚が残っていた。それにしても景色の広大さと、特に道の広さにびっくりした。片側4車線。バスの窓から見える景色も日本とは全く違う。感心しながら何枚も写真を撮った。

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               何枚か取ったうちの一枚。

この日はパイクマーケットなどを観光した後、クリッパー船でカナダのビクトリアシティに向かった。ビクトリアシティではちょうどフェスティバルが開かれていたようで、州議事堂の前に人が大勢集まっていた。特に暗くなってからはライトアップと相まってにぎやかな夜になった。けれども自分は旅の疲れもあって早々と眠ってしまった。
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                フェスティバル
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by KEIN3RD | 2005-08-23 15:13 | オレゴン旅行記